アジャイルでたびたび耳にする「自律化」や「自己組織化」。アジャイルな働き方に不可欠な文化だが、チームにただ「自己組織化」を呼びかけても実現しない。
組織の自律を実現するには、組織レベルの戦略を明確に打ち出すことが不可欠だ。組織の目的、ビジョン、ゴールがあり、自分たちに何が期待されているのかわかるから、自分たちで考えて行動できる。
何をしたいのか、何が求められているのかわからない状態で、「自律して判断し、行動に移してください」と言われても困ってしまうのである。
下の図をみていただきたい。
これはヘンリック・クニバーグ氏による「アラインメント」と「自律化」の関係を示した図である。ヘンリック氏はスポティファイモデルの説明にこの図を使っている。
Y軸が「戦略的アラインメント」、X軸が「チームの自律化」を表わしている。
この4象限の理想の領域は右上である。この例では、マネジメントが川を渡りたいという要求があり、それを満たすため、チームが自律化してソリューションを提供する。
左上の領域は、マネジメントが川を渡りたいから橋を作れと指示する従来型の進め方だ。戦略的アラインメントは取れるが、チームが創造性を発揮する場はなく、言われたことをするだけのドメインだ。
右下の領域は、チームに自由な裁量が与えられている。だが、戦略的アラインメントが稀薄な為、チームが主体的に判断・行動しても、戦略的ゴールを満たすとは限らない。
左下の領域は、戦略的アラインメントも自律もない「無関心」「無気力」の状態だ。
組織レベルで自律化するには、戦略的な目的、ビジョン、ゴールを明確に打ち出し、誰もがわかる言葉で伝え、同じ船に乗る全員が理解し、納得し共感できることが重要である。
このモデルを現場までしっかり落とし込んでいる好例としてリッツカールトンが挙げられる。ザ・リッツ・カールトンホテルには「ゴールドスタンダード」と呼ばれる企業理念がある。
その一部をご紹介しよう(以下抜粋)。
クレド
リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。
私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだ、そして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。
リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です。
サービスバリューズ:私はリッツ・カールトンの一員であることを誇りに思います。
- 私は、強い人間関係を築き、生涯のリッツ・カールトン・ゲストを獲得します。
- 私は、お客様の願望やニーズには、言葉にされるものも、されないものも、常におこたえします。
- 私には、ユニークな、思い出に残る、パーソナルな経験をお客様にもたらすため、エンパワーメントが与えられています。
- 私は、「成功への要因」を達成し、ザ・リッツ・カールトン・ミスティークを作るという自分の役割を理解します。
- 私は、お客様のザ・リッツ・カールトンでの経験にイノベーション(革新)をもたらし、よりよいものにする機会を常に求めます。
- 私は、お客様の問題を自分のものとして受け止め、直ちに解決します。
- 私は、お客様や従業員同士のニーズを満たすよう、チームワークとラテラル・サービスを実践する職場環境を築きます。
- 私には、絶えず学び、成長する機会があります。
- 私は、自分に関係する仕事のプランニングに参画します。
- 私は、自分のプロフェッショナルな身だしなみ、言葉づかい、ふるまいに誇りを持ちます。
- 私は、お客様、職場の仲間、そして会社の機密情報および資産について、プライバシーとセキュリティを守ります。
- 私には、妥協のない清潔さを保ち、安全で事故のない環境を築く責任があります。
どうだろう。
とてもアジャイルな働き方だと感じたのではないだろうか。
組織のクレド(信条)、価値基準が明確であり、自分たちはその価値をお客様に提供することを求められていることが明快であり、実行するためのエンパワメントが徹底されている。
例えば、お客様にユニークな、思い出に残る、パーソナルな体験を届ける為に1万円かかるとする。その判断をホテルスタッフが委ねられているのである。
現場でリアルタイムに顧客価値を届けるには、組織のゴールや価値基準が体に染みこんでいないといけない。いちいち上層部にお伺いを立てていたのではチャンスを逃してしまうのである。
「アジャイルだから自律化」、「スクラムだから自己組織化」と言われるが、あなたの組織の経営層やプロダクトオーナーは、戦略的目的、ビジョン、ゴールを誰もがわかる言葉で伝えているだろうか。組織に関わる全員が共通のメッセージを聞いて、同じゴールを見据え、自分たちでできることを探し、行動に移していく為には、明快な目的・ビジョン・ゴールが不可欠だ。