担当制は、作業の属人化を招く。
担当制の結末は、その担当者が不在だと、作業が滞ってしまうことだ。
そこまで作業を抱え込んだ担当者もすごいが、そこまで野放しにしておいた組織もひどい。
組織として、個人に頼り切っている状況は健全とは言えない。
例え社員を信頼しているからだとしても、担当者に任せっきりの組織構造はリスク以外のなにものでもないだろう。
担当者不在になると作業が停止してしまい、顧客に価値を提供できなくなる。
従来の組織では、担当者毎に、各個人が高度な専門性を身につけ、与えられた担当領域のエキスパートになることが奨励された。
その人がいないとみんな困るという状況が、ある意味評価されるポイントでもあった。
それに担当制では、担当者間の調整役や、束ねる中間管理職が必要になるから、組織階層も増える。会社の成長期に昇進ポストを用意するには好都合な仕組みだった。
だが、担当制を進めて組織を細分化すると、作業者間の受け渡しが増えて複雑になる。インシデント発生時には手戻りが増えるし、どの担当者まで戻すのか特定するだけでも時間がかかり非効率的だ。
それに担当者は、自分の担当した作業以外の事に関心がなくなるから、だんだん状況が見えなくなる。状況が見えなくなると、部分最適に陥り、全体としての目的が達成できなくなる。
自分のパーツばかりみているから、意識が手元の作業にばかり向いてしまい、自分の作業がどう顧客にとって価値があるのか、顧客へのリンクが失われてしまう。
自分の作業の意義が見えなくなるから、社員はモチベーションが低くなり、組織はどんよりしてくる。よくある大企業病である。顧客にとってなんのメリットもない仕組みだ。
機能横断的なチームはこうだ。
スターバックスでは、全てのパートナーがレジもバリスタもできるよう研修する。
顧客の注文が殺到したり、ドリンク待ちが発生しても、パートナー同士でフォローしながらボトルネックを解消する。全員機能横断的なメンバーだから、どちらの作業も対応可能だ。
担当制にすると、自分の担当以外はしないことになるから、どちらかのプロセスに作業が偏っていても、見ないふりだ。お客様は当然不愉快だろう。会社のセクショリズムを見せられる事ほど、外部の顧客にとって不愉快なことはない。
顧客価値を速やかに届けるには、機能横断的なチームが一枚岩となってゴールを目指さなくてはならない。
チーム内に境界線を引かない。
チーム全員で顧客価値を実現しよう。担当制ではない。チーム制だ。
注意点がひとつ。
メンバーが機能横断的に作業し出すと、分断されていた担当者間のつなぎ役である中間管理職が不要になる。そうなるとアジャイル化に反対する管理者層がでてくる。
これらの不協和音をしっかり排除し、アジャイルチームを守っていくには、トップマネジメントの支援とコミットメントが必要不可欠である。
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