Prince2 Agileのトラレンスについて説明しよう。
トラレンスは、カタカナでそのまま「トラレンス」、または「許容度」と言う。
プリンスの公式マニュアルでは、「許容度」と呼んでいる。
プリンスはプロジェクトマネジメントのフレームワークだ。
だから、プロダクト思考からプロジェクト思考に頭を切り換えて、読んで欲しい。
プロジェクトの制約やパフォーマンスを考えるとき、プロジェクトの三角形(鉄の三角形)が有名だ。
プリンスでは、更に、3つの視点を追加し、プロジェクト六角形(6視点)として、プロジェクト・パフォーマンスを評価する。
プロジェクト六角形(ヘキサゴン)の6つの視点は、以下の通り。
- 時間
- コスト
- リスク
- スコープ
- 品質
- ベネフィット
6つめのベネフィットは、プロジェクトのビジネスケースにおける利益または価値のことである。
金額など数値化できるハードベネフィットもあれば、操作性、モチベーション、満足度など数値化しにくいソフトベネフィットもある。
アジャイルコミュニティーでは、価値(Value)という単語の方が一般的であろう。
プリンスでは、ベネフィット(Benefit)と呼ぶ。
プリンスのトランレンス(許容度)は、この6つの切り口で設定する。
許容度とは、逸脱してよい度合い(量)のことである。
許容度を超えると、上級マネジメントへのエスカレーションが必要になる。許容度以内なら、自分達の裁量で判断し、行動して構わない。
いつも許容度が与えられる訳ではない。
許容度ゼロなら、1ミリも、1円も、1秒も逸脱してはいけない。許容度ゼロのケースでは、多少なりともずれそうなら、即、上位マネジメントに注意喚起して、判断を仰ぐことになる。
では、順番に見ていこう。
1.時間
時間は固定だ。
すなわち、トラレンスはゼロである。
アジャイル版プリンスでは、プロジェクト成果物をアジャイル方式で作る。フレームワークはスクラム、カンバン、なんでも構わないが、期限が来たら終了する。延長しない。
カンバンは通常業務でも汎用的に使われる。そして、タイムボックスの概念はない。
一方、プロジェクトには必ず開始日と終了日がある。
プロジェクトでカンバンを使うなら、完了日は定められている。そして、時間(期間)の許容度はゼロだから、納期厳守だ。
プロジェクトをスクラムで回しているなら、1~2スプリントを予備として含めておくのがいいだろう。数日の遅れで、例外対応する手間が省ける。
上手くいけば、追加でバックログを実装できる。
2.コスト
コストも固定だ。
1円たりとも予算をオーバーしてはいけない。予算を超過すると例外扱いとなる。
アジャイルのチームは、安定した固定チームだ。だから、プロジェクト期間中、コストは一定である。従来型で見られたように、技術フェーズ毎にコストが増減したりしない。
ハードウェアの購入があるなら、プロジェクト初期段階に、予算に盛り込んでおこう。そうしないと、上振れしてしまう。
3.リスク
アジャイル版プリンスでは、リスク・トラレンスはあまり関係ない。
標準プリンスでは、リスク・プロフィールを作成する。
リスク発生時の影響(インパクト)をX線、リスク発生確率をY線として、グリッド形式で表わし、予測されるリスクをプロットする。
リスク・プリフィールに、リスク・トラレンス線を設けて、その枠に入るものは高リスク項目として、マネジメントの報告対象となる。
リスクは動的だから、プロジェクト期間中遷移する。
新たなリスクがエントリーしたり、予測したリスクが顕在化せず消滅したり。PMはリスク・トラレンス線を継続的にモニターし、線を越えて出入りが発生したら上級マネジメントに注意喚起する。
一方、アジャイルではリスクを早めに摘み取る動きを取る。
アジャイルは持続可能なペースで進むこと、そして経験を味方に付けて、もりもり加速していくことを目指す。そのため、リスクは先延ばししない。
作り方にリスクがあれば、アーキテクチャー・スパイクを通して、早めに手当てする。リスクを低減した上で、顧客価値の創造に取りかかる。
アジャイル版プリンスでは、リスク・プロファイルを作ると言うよりも、リスクを洗い出したら、大きな懸念事項から早めに対処する。そして、個別に、対処結果と残リスクを上位マネジメントに評価してもらい、ビジネスケースの正当性を判断してもらう。
4.スコープ
スコープは非固定である。
アジャイルでは時間が王様だ。与えられた時間の中で、スコープを柔軟に調整する。
スコープ調整の方法として、プリンスでは「モスクワ分析」を薦めている。
MoSCoW
Must Have: 絶対なくてはならないもの。
Should Have: 通常あるもの。ないと違和感があるもの。
Could Have: (なくても困らないが)あれば尚よいもの。
Won’t Have: 今回はいらないもの。
プリンスのマニュアルではボールペンの例で説明している。
Must Have: ボールペン芯
Should Have: ボールペン筒(芯を保護し、操作性を高める外側の筒)
Could Have: ボールペンのキャップ
Won’t Have: 会社ロゴ
Mustは、海外旅行の際のパスポート、ミートパイのミートだ。絶対不可欠なモノである。
Shouldは、人間の主観が入りやすいので注意が必要だ。人によって解釈に幅があり、個人の慣習で判断してしまいがちだ。主たる利害関係者のインプットを基に、最終的に、シニアユーザーやプロダクトオーナーが判断する。
スコープの許容度は、Mustはゼロ・トラレンス(100%満たすこと)。Shouldは、トラレンス30%(要求の3割は削っても構わない)等である。
5.品質
品質も非固定である。
スコープ同様、品質も柔軟に調整する。
利用者の受入基準に関わる絶対品質は満たすが、特段こだわらない品質は柔軟に調整する。
例えば、ユーザーインターフェースの可用性。
顧客用ウェブ画面は、24時間サービスだ。一方、社員用ウェブ画面は平日の就業時間だけ稼働していればいい等。
顧客用ユーザーインターフェースはレイアウトも洗練されていて、コーポレート・ロゴも必要だ。
社内のオペレーション用UIなら、わかればいいし、ロゴもなくたって構わない。
コールセンタースタッフは、顧客と同じ画面でないと困るから、顧客と共通のUIが必要なケースもあるだろう。
求められる品質は、利用者や状況によって異なる。だから、タイムボックスに合わせて、品質も柔軟に調整する。
一点注意点を挙げるとすると、品質は一旦決まったら固定化される。
例えば、あるスプリントで5つのバックログを実装するとする。そして、途中で全てのバックログの実装が間に合わないと判断したとする。その際、バックログをひとつ捨てて、4つに専念することは可能だ。プロダクトオーナーと相談しつつ、スプリント期間中でもスコープ調整することは可能だ。
同じ状況で、品質を調整することはできない。20%品質を下げて5つのバックログ全量を完成するという選択肢はない。そもそも、品質を下げると、利用者の受入基準を満たしていないから完成品にはなり得ない。
品質レベルは利用者により上下するかもしれない。だが、一度決まったら、固定化される。プリンスアジャイルでも一般的なアジャイルと同様、定められた高品質なインクリメントを届ける。
6.ベネフィット
ベネフィットも非固定だ。
プリンスでは、プロジェクトの健全性を評価するのにビジネスケースを使う。
通常ビジネスケースでは、3つのシナリオ毎に評価する。
投資収益率(ROI)の高いシナリオから順に:
- 楽観的シナリオ
- 最もありそうなシナリオ
- 悲観的シナリオ
プロジェクトを継続するには、悲観的シナリオで描くベネフィットレベルは、最低限確保しておかなくてはならない。
従って、悲観的シナリオにおけるベネフィットレベルは固定だ。
それ以外のシナリオにおけるベネフィットは、状況に合わせて調整をかけてよい。
ベネフィットに影響を与えるものは、プロジェクト六角形の内、ベネフィットを除く全てだ。
- 時間(マーケットへの投入タイミングによりベネフィットが増減する)
- コスト(投資額が大きくなると収益率は悪化する)
- リスク(リスクが高まると、ベネフィット実現性に影響がでる)
- スコープ(スコープの増減はベネフィットの増減に影響する)
- 品質(品質レベルはベネフィットの増減に影響する)
以上がアジャイル版プリンスのトラレンス(許容度)の考え方である。
繰り返しになるが、アジャイル版プリンスでは、以下のフォーミュラで進める。
固定パラメーターは2つ(許容度ゼロ)
- 時間
- コスト
非固定パラメーターは4つ(許容度あり)
- スコープ
- 品質
- リスク
- ベネフィット
納期(時間)優先で、スコープに調整をかけていく背景として、アジャイル版プリンスでは、次の3つの概念を挙げている。
1.速やかにデリバリーすることに価値がある。
速いことはいいことだ。
12ヶ月かけて全10機能をリリースするより、2ヶ月で最大価値の2機能を届ける。
速く機能を獲得できれば、早速、使ってもらえる。競合他社に先んじて、市場での優位性を築くことができる。そして、早い段階から投資額の回収も開始できる。
機能が足りなければ、追加すればいい。スコープは後から補充できるが、失われた時間は戻ってこない。
タイミング(時間)が1番重要だ。最低限の意味あるモノを、最速でデリバリーすることに1番価値がある。
2.変化に適応できる。
作っている最中にも、顧客ニーズはどんどん変わる。変化のスピードは速い。
スコープを分解して、価値の高いモノから実装していく。
リリース毎に、状況を観察し、要求を握り直し、変化を取り込む。固定のタイムボックス毎に、検査と適応を繰り返す。
変化を取り込めば取り込む程、顧客にとって高価値で正しいプロダクトになる。
3.顧客は全部欲しい訳ではない。
プロジェクトの初期段階で、顧客ニーズを拾うが、要求全てが正しいことはありえない。
実際に使われている機能は2~3割と裏付けるデータもある。
時間をたっぷりかけて、プロジェクトを遅らせて、機能全量を届けることは顧客のためにならない。
スコープの為にリリースを遅らせることは、顧客の価値を創造しないばかりでなく、機会損失につながる。
アジャイル版プリンスでは、プロジェクト六角形でトラレンスを説明しているが、背景にある概念は、他のアジャイルフレームワークと同じだ。
- スコープ達成の圧力があっても、時間を尊重する
- 納期に合わせて、スコープを調整する
- 機能不足で、どうしても痛い状況なら、機能を足す
プロダクトを、スピーディーにマーケットに投入することが、顧客価値を最大化する。
Prince2 Agile アジャイル版プリンス 基本の基本
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